2月5日出エジプト29-30章 マタイ25:1-30

『罪を聖める血の力』
【出29:21 あなたが、祭壇の上にある血とそそぎの油を取って、アロンとその装束、および、彼とともにいる彼の子らとその装束とに振りかけると、彼とその装束、および、彼とともにいる彼の子らとその装束とは聖なるものとなる。】①雄羊の血と注ぎの油をかけることによって、アロンの子らと装束が聖なるものとなると主は定められました。新約において、イエス様の血によってすべての罪が清められることの予表がここに表わされています。「コロサイ1:20 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、御子のために和解させてくださったからです。」とある通り、イエス様の十字架の血潮によって、私たちの中にある罪も、敵意も、隔ても、すべて取り除かれて、私たちは聖められ、イエス様と深く交わることができるのです。

『再臨の備え』
【マタイ25:1 そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、花婿を出迎える十人の娘のようです。25:2 そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。25:3 愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。25:4 賢い娘たちは、自分のともしびといっしょに、入れ物に油を入れて持っていた。25:5 花婿が来るのが遅れたので、みな、うとうとして眠り始めた。25:6 ところが、夜中になって、『そら、花婿だ。迎えに出よ』と叫ぶ声がした。・・・】①イエス様は、このたとえを通じ「再臨の備え」を語られています。再臨は突然来るので、毎日備えている人だけが、ふさわしい対応ができるのです。油は祈り、霊的な準備を現しています。・・・あなたはキリストが再び来られることを備えていますか。主は必ず来られます。聖書的に生きようと願うクリスチャンは、再臨の備えを必ずしているのです。

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