2月17日レビ記11-12章 使徒3章

『聖さを学ぶ訓練』
【レビ 11:1 それから、【主】はモーセとアロンに告げて仰せられた。11:2 「イスラエル人に告げて言え。地上のすべての動物のうちで、あなたがたが食べてもよい生き物は次のとおりである。11:3 動物のうちで、ひづめが分かれ、そのひづめが完全に割れているもの、また、反芻するものはすべて、食べてもよい。」】

①主はレビ記を通じて、聖いものと聖くないものを区別することを教えました。
新約においては、
イエス様は「すべての食べ物は聖い」(マルコ7章)と言われましたから、
これは旧約限定です。

②神様は、聖いお方です。
実は、新約においても、聖さを意識して生きることは大切です。
もし意識しなければ、簡単に「肉の考え」に流れ、
神様の悲しまれることを平気でしてしまいます。
「肉」を大切にしている人に聖さを伝えても、
反発してしまい、受けとめることができないのです。

『宣教の突破口』
【使3:6 すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言って、3:7 彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、・・・
3:9 人々はみな、彼が歩きながら、神を賛美しているのを見た。3:10 そして、これが、施しを求めるために宮の「美しの門」にすわっていた男だとわかると、この人の身に起こったことに驚き、あきれた。】

①イエス様の御名による、祈りを通じて、この男性は癒されました。
初代教会では「癒し」がきっかけで
「宣教」が爆発的に進むことが多くありました。

日本においても、イエス様のを伝えることが困難であることには変わりがありません。
ですから私たちは「神様が働かれた」という確かなしるしを求めるのです。
それが宣教の突破口となると信じるのです。

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