3月28日ヨシュア1-2章 使徒27:1-26

『主の語り掛けと、信仰による前進』
【ヨシュア1:1 さて、【主】のしもべモーセが死んで後、【主】はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに告げて仰せられた。1:2 「わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。1:3 あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。」】

①主は、新しい指導者としてヨシュアを立てました。
そしてヨシュアに語り掛けたのです。
主の計画は、人の計画ではありません。
主が語り掛けて下さり、前進するのです。
しかも主は何度も「恐れるな」とヨシュアに語られました。

・・・私たちも恐れずに前進していきましょう。
主の計画は、人間にとって一見不可能に思えることが多いことが現実なのです。
主は私たちの信仰が強くなることを、見守っておられるのです。

『主の語り掛けによる信仰』
【使27:22 しかし、今、お勧めします。元気を出しなさい。あなたがたのうち、いのちを失う者はひとりもありません。失われるのは船だけです。27:23 昨夜、私の主で、私の仕えている神の御使いが、私の前に立って、27:24 こう言いました。『恐れてはいけません。パウロ。あなたは必ずカイザルの前に立ちます。そして、神はあなたと同船している人々をみな、あなたにお与えになったのです。』27:25 ですから、皆さん。元気を出しなさい。すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています。27:26 私たちは必ず、どこかの島に打ち上げられます。」】

①パウロは、ローマに船で護送される中で、嵐に遭いました。
人々は死を考えましたが、パウロは人々に希望を語りました。
それは「主の語り掛け」があったからです。

信仰とは、単なる掛け声とか気合ではありません。
神様との会話に基づく未来の知識(希望)なのです。
(願望ではなく冷静な事実なのです)

苦難の時、神様からの導きを求めましょう。
「主の語り掛け」を受けた者は、信仰をもって歩めるのです。

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