4月18日Ⅰサムエル3-7章 マルコ10:1-31

4月18日Ⅰサムエル3-7章 マルコ10:1-31
『敵地にあっても圧倒的な神様の力』
【Ⅰサムエル 5:1 ペリシテ人は神の箱を奪って、それをエベン・エゼルからアシュドデに運んだ。
5:2 それからペリシテ人は神の箱を取って、それをダゴンの宮に運び、ダゴンのかたわらに安置した。
5:3 アシュドデの人たちが、翌日、朝早く起きて見ると、ダゴンは【主】の箱の前に、地にうつぶせになって倒れていた。
5:6 さらに【主】の手はアシュドデの人たちの上に重くのしかかり、アシュドデとその地域の人々とを腫物で打って脅かした。5:7 アシュドデの人々は、この有様を見て言った。「イスラエルの神の箱を、私たちのもとにとどめておいてはならない。その神の手が私たちと、私たちの神ダゴンを、ひどいめに会わせるから。」】

①イスラエルは戦いに敗れ、神の箱は敵の手に奪われてしまいました。
人々は悲しみましたが、
神の箱は、敵の地においても、圧倒的な力を持っていたのです。

人間は、成功したり失敗したりします。
しかし神ご自身は、
それらのことを越えて、圧倒的な力で御業を進めていかれるのです。

神様共に歩みましょう。
神の業を止める力はどこにもないのです。
神に敵対することは愚かなことなのです。

『神様の人を変える力』
【マルコ10:23 イエスは、見回して、弟子たちに言われた。「裕福な者が神の国に入ることは、何とむずかしいことでしょう。」10:24 弟子たちは、イエスのことばに驚いた。しかし、イエスは重ねて、彼らに答えて言われた。「子たちよ。神の国に入ることは、何とむずかしいことでしょう。10:25 金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」10:26 弟子たちは、ますます驚いて互いに言った。「それでは、だれが救われることができるのだろうか。」10:27 イエスは、彼らをじっと見て言われた。「それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです。」】

①金持ちの若者は、神を信じると言いながらも、
実際は「お金」が自分拠り所でした。
お金に執着するがあまりに、
神に従うことができなくなっていたのです。

「お金」が悪いのではありません。
お金に「執着するこころ」が間違っているのです。

この壁を乗り越えるのは「人間の力」では不可能です。
神がその人に働いて(苦しみや試練を通じて)、
神だけにすがり、
神以外をあきらめるように、変えられるのです。

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