4月29日Ⅱサムエル4-6章 マルコ16章

『真心から主を賛美する心』
【Ⅱサムエル6:20 ダビデが自分の家族を祝福するために戻ると、サウルの娘ミカルがダビデを迎えに出て来て言った。「イスラエルの王は、きょう、ほんとうに威厳がございましたね。ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように、きょう、あなたは自分の家来のはしための目の前で裸におなりになって。」6:21 ダビデはミカルに言った。「あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで【主】の民イスラエルの君主に任じられた【主】の前なのだ。私はその【主】の前で喜び踊るのだ。」】

①ダビデは、神の箱がエルサレムに入った時、力の限り踊りました。
人はそれを見て、さげすんだとしても、
ダビデは主の前で心から喜んだのです。

ダビデは、主を愛していたので、人の目は小さなものだったのです。
主を愛する人は、体裁も体面も越えて、主を賛美する人となるのです。

『イエス様への愛情によって』
【マルコ16:1 さて、安息日が終わったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った。16:2 そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた。16:3 彼女たちは、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか」とみなで話し合っていた。16:4 ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。】

①マグダナのマリヤと数人の女性たちは、
イエス様を心から愛していたので、
安息日が終わり明るくなるとすぐに、
イエス様のお墓に向かいました。
それは、愛情からくる衝動によって突き動かされた行為だったのです。

しかし結果として墓の石は動かされていたのです。

「理屈」によって道を歩む時ができない時があります。
その時は「イエス様への愛情」によって歩む時に、道が開かれるのです。

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