5月1日Ⅱサムエル9-11章 1ペテロ1:1-21

『ダビデの誘惑と罪』
【Ⅱサムエル11:2 ある夕暮れ時、ダビデは床から起き上がり、王宮の屋上を歩いていると、ひとりの女が、からだを洗っているのが屋上から見えた。その女は非常に美しかった。11:3 ダビデは人をやって、その女について調べたところ、「あれはヘテ人ウリヤの妻で、エリアムの娘バテ・シェバではありませんか」との報告を受けた。11:4 ダビデは使いの者をやって、その女を召し入れた。女が彼のところに来たので、彼はその女と寝た。──その女は月のものの汚れをきよめていた──それから女は自分の家へ帰った。】

①この箇所は、信仰の人ダビデの大きな失敗について書かれています。
ダビデはこの時、安定し、戦いに出なくなり、
自分の立場に満足する中で、関心が不健全なものへと変わってしまったのです。

誘惑の結果、彼は姦淫を犯し、それをごまかすために、
殺人という恐ろしい罪を犯したのです。

ダビデは悔い改めましたが、
その悪い種の刈り取りは、ダビデの家を苦しめたのです。

いくら信仰を持っていても、それに安心することはできません。
神様との個人的な関係が薄くなる時に、
私たちは誘惑に負けやすくなるのです。

誘惑を避けなければいけません。
そして誘惑の負け癖をつけてはいけないのです。

『聖さを求める』
【Ⅰペテロ1:15 あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。1:16 それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」と書いてあるからです。1:17 また、人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、あなたがたが地上にしばらくとどまっている間の時を、恐れかしこんで過ごしなさい。】

①使徒ペテロは、聖くなることの大切さをこの手紙で語っています。
イエス様のお弟子は、イエス様の真似をして、
イエス様が喜ぶように生きるようになります。
そうすれば、イエス様が悲しむことは避けるようになるのです。

別の観点で見ても、
悪い行為には裁きがあることを知るならば、
その恐ろしさを避けるために、
罪は行わなくなるのです。

(想像力を働かせて)罪の結果を見つめましょう。
罪の報いの大きさを知れば、その罪を避ける力が働くのです。

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