5月10日Ⅰ列王4-6章 ヤコブ2:1-3:13

『神殿建設の実現』
【Ⅰ列王 6:11 そのとき、ソロモンに次のような【主】のことばがあった。6:12 「あなたが建てているこの神殿については、もし、あなたがわたしのおきてに歩み、わたしの定めを行い、わたしのすべての命令を守り、これによって歩むなら、わたしがあなたの父ダビデにあなたについて約束したことを成就しよう。6:13 わたしはイスラエルの子らのただ中に住み、わたしの民イスラエルを捨てることはしない。」6:14 こうして、ソロモンは神殿を建て、これを完成した。】

①神殿建設は、ダビデ王ではなく、
息子のソロモン王によってというのが、主の計画でした。

ソロモンは、王になって4年目にその事業を開始し、7年かけて完成させました。
「神殿建設」は、主の計画でしたが、
それを実行するには、信仰と共に、あらゆる努力が必要でした。

「私たちに与えられた」主の計画も同じです。
主は助けては下さいますが、
私たちが成し遂げなければならない部分は、
人間である私たちが「成し遂げ」なければなりません。

そこには言い訳や責任逃れは、「ない」のです。主

のおきてを歩ものは、「知識」だけではなく、
主の命令に「従うこと」が要求されるのです。

『信仰と行い』
【ヤコブ2:14 私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、何の役に立ちましょう。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。2:15 もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、2:16 あなたがたのうちだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい」と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう。2:17 それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。】

①ヤコブの手紙のテーマは、「信仰」と「行い」です。
ヤコブは、「本当に信じている」ならば「行い」は自然の行為であり、
「行い」がない信仰は「死んだ信仰」だと断言しています。

あなたはこの言葉をどのように受け止めますか。

イエス様は、十字架につかれることを事前に語り、
実際にご自分を捨て、私たちに愛を示されました。

その愛を受け、悟ったものは、
イエス様を愛し、イエス様の願いに応える「行い」が
起きるはずではないでしょうか。

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