5月18日Ⅰ列王22章 ルカ3章

『正しい裁きをされる創造主』
【Ⅰ列王22:41 アサの子ヨシャパテがユダの王となったのは、イスラエルの王アハブの第四年であった。
22:42 ヨシャパテは三十五歳で王となり、エルサレムで二十五年間、王であった。その母の名はアズバといい、シルヒの娘であった。22:43 彼はその父アサのすべての道に歩み、その道からそれることなく、【主】の目にかなうことを行った。】

①南ユダのヨシャパテ王は、良い王で信仰深い人であり、人柄もよかったようです。
北イスラエルのアハブ王の悪だくみによって、身代わりに殺されそうでしたが(22:32)、
しかし主はヨシャパテ王を守り、アハブ王は結局殺されたのです。

主は、「主を愛し主に従う者」を守り、
「主に反逆する者」に裁きを与えられるのです。

イエス様もマタイ25章で、羊と山羊を分けるたとえを語られています。
裁きや結果は、すぐに起きないことがあります。
しかし真実な創造主は、必ず「正しい裁き」をされるのです。

『悔い改めと悔い改めの実』
【ルカ3:7 それで、ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出て来た群衆に言った。「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。3:8 それならそれで、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。『われわれの父はアブラハムだ』などと心の中で言い始めてはいけません。よく言っておくが、神は、こんな石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。3:9 斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。」】

①バプテスマのヨハネは、イエス様の道備えをした人物です。
そしてその中心は『悔い改め』です。
『悔い改め』とは、自分の罪を自覚し、深く主の前に赦しを求めることです。

自分の罪が分からない人は、悔い改めの祈りができません。
(本音では自分が正しいと思っているからです)
そして祈っても「生活が変わらない」のです。

悔い改めができない人は、本当の意味で「イエス様の恵み」が分かりません。

聖霊に満たしを求めましょう。
自分がズレていること(罪)に気が付くためには、
聖霊の働きが必要なのです。

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