5月22日Ⅱ列王8-9章 ルカ5:17-39

『イゼベルの最後(罪の刈り取り)』
【Ⅱ列王9:30 エフーがイズレエルに来たとき、イゼベルはこれを聞いて、目の縁を塗り、髪を結い直し、窓から見おろしていた。9:31 エフーが門に入って来たので、彼女は、「元気かね。主君殺しのジムリ」と言った。9:32 彼は窓を見上げて、「だれか私にくみする者はいないか。だれかいないか」と言った。二、三人の宦官が彼を見おろしていたので、9:33 彼が、「その女を突き落とせ」と言うと、彼らは彼女を突き落とした。】

①エフーは、主によって王に任命されましたが、
その目的は、神に大きな罪を犯したアハブ王の子孫に裁きを下すためでした(9:8)。
そしてアハブ王を陰でコントロールしていたイゼベルの最後が、ここに書かれているのです。

人を陰で操り、自分の思い通りにコントロールすることは「罪」です。
主はそれをそのままにはしておられないのです。
どんなに隠しても、巧妙な方法でも、罪は罪です。
主はその報いと刈り取りを、必ず起こされるのです。

『友人の信仰で救われた男性』
【ルカ5:18 するとそこに、男たちが、中風をわずらっている人を、床のままで運んで来た。そして、何とかして家の中に運び込み、イエスの前に置こうとしていた。5:19 しかし、大ぜい人がいて、どうにも病人を運び込む方法が見つからないので、屋上に上って屋根の瓦をはがし、そこから彼の寝床を、ちょうど人々の真ん中のイエスの前に、つり降ろした。5:20 彼らの信仰を見て、イエスは「友よ。あなたの罪は赦されました」と言われた。】

①イエス様は、友の信仰を見て、この男性を癒されました。
中風とは、脳出血による麻痺のことです。
本人は十分に動くことができませんでした。

しかし周りの友人の信仰と行動が、この男性を救ったのです。
この友人たちの様に、
あなたの「救いへの情熱と信仰」を用いて、
主は「だれかを救われる」ことがあるのです。

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