5月24日Ⅱ列王13-15章 ルカ6:17-49

『信仰と気力の大切さ』
【Ⅱ列王13:14 エリシャが死の病をわずらっていたときのことである。イスラエルの王ヨアシュは、彼のところに下って行き、彼の上に泣き伏して、「わが父。わが父。イスラエルの戦車と騎兵たち」と叫んだ。13:15 エリシャが王に、「弓と矢を取りなさい」と言ったので、彼は弓と矢をエリシャのところに持って行った。13:16 彼はイスラエルの王に、「弓に手をかけなさい」と言ったので、彼は手をかけた。すると、エリシャは自分の手を王の手の上にのせて、13:17 「東側の窓をあけなさい」と言ったので、彼がそれをあけると、エリシャはさらに言った。「矢を射なさい。」彼が矢を射ると、エリシャは言った。「【主】の勝利の矢。アラムに対する勝利の矢。あなたはアフェクでアラムを打ち、これを絶ち滅ぼす。」13:18 ついでエリシャは、「矢を取りなさい」と言った。彼が取ると、エリシャはイスラエルの王に、「それで地面を打ちなさい」と言った。すると彼は三回打ったが、それでやめた。13:19 神の人は彼に向かい怒って言った。「あなたは、五回、六回、打つべきだった。そうすれば、あなたはアラムを打って、絶ち滅ぼしたことだろう。しかし、今は三度だけアラムを打つことになろう。」】

①北イスラエルのヨアシュ王は、エリシャに助けを求めにやってきました。
ところがエリシャに、矢で地面を打ちなさい、と言われた時、
3回しか打たなかったのです。
ヨアシュ王は、気力がありませんでした。
エリシャはそれを怒ったのです。

求める以上、助けを受け取る「気力」が必要です。
この気力は主の助けを信じ、主の計画に応答する「信仰」から生まれます。
「口先だけの信仰」では、気力はわかないのです。

『弟子の訓練』
【ルカ 6:46 なぜ、わたしを『主よ、主よ』と呼びながら、わたしの言うことを行わないのですか。6:47 わたしのもとに来て、わたしのことばを聞き、それを行う人たちがどんな人に似ているか、あなたがたに示しましょう。6:48 その人は、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を据えて、それから家を建てた人に似ています。洪水になり、川の水がその家に押し寄せたときも、しっかり建てられていたから、びくともしませんでした。6:49 聞いても実行しない人は、土台なしで地面に家を建てた人に似ています。川の水が押し寄せると、家は一ぺんに倒れてしまい、そのこわれ方はひどいものとなりました。」】

①イエス様は、私たち信じる者たちを「弟子として」召しておられます。
ですから時に、厳しいことを言われ、訓練を与えるのです。

私たちの元々の心では、イエス様の言われたことを実行することができません。
聖霊に満たされた時、私たちはその力を頂けるのです。

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