6月8日1歴代26-29章 ルカ12:22-48

『感謝の捧げもの』
【Ⅰ歴代29:16 私たちの神、【主】よ。あなたの聖なる御名のために家をお建てしようと私たちが用意をしたこれらすべてのおびただしいものは、あなたの御手から出たものであり、すべてはあなたのものです。29:17 私の神。あなたは心をためされる方で、直ぐなことを愛されるのを私は知っています。私は直ぐな心で、これらすべてをみずから進んでささげました。今、ここにいるあなたの民が、みずから進んであなたにささげるのを、私は喜びのうちに見ました。】

①ダビデは、息子ソロモンが作るべく、
神様からの使命を与えられていた神殿建設の為、
様々な準備をしました。

そして人々にも捧げることを勧めました。
人々は自ら進んで、たくさんの捧げものをしたのです。

ダビデの「捧げ物の心」は「感謝」でした。
「神様が与えて下さった」財の感謝を現したのです。

私たちの与えられたものは、もともとは恵みによって与えられたものです。
自分からのものは一つもないのです。
その「事実」を受け止める時に、
主への「心からの感謝」が湧き上がるのです。

『養って下さる神様』
【ルカ 12:27 ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。12:28 しかし、きょうは野にあって、あすは炉に投げ込まれる草をさえ、神はこのように装ってくださるのです。ましてあなたがたには、どんなによくしてくださることでしょう。ああ、信仰の薄い人たち。】

①イエス様は、神様は野のゆりを装って下さるように、
神様を信じる者の上にも、必要を備えて下さる、と言われました。
「良くして下さる」と言われたのです。

私たちはそのことを「信じなければ」なりません。
それは主の約束だからです。
そしてそれだけでなく、
その良いことを選び、
実行しなければならないのです。

信仰には「信じる要素」と「応答する要素」があります。
主から語られ、道を見せて頂いたならば、
その道を歩む必要があります。

そのためにも、主を信じ、平安を感じつつ、
主の御心を求めるのです。(聞き違えては大変です)

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