6月9日Ⅱ歴代1-4章 ルカ12:49-59

『ソロモンの求め』
【Ⅱ歴代 1:7 その夜、神がソロモンに現れて、彼に仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」1:8 ソロモンは神に言った。「あなたは私の父ダビデに大いなる恵みを施されましたが、今度は父に代わって私を王とされました。1:9 そこで今、神、【主】よ、私の父ダビデになさったあなたの約束を堅く守ってください。あなたは、地のちりのようにおびただしい民の上に、私を王とされたからです。1:10 今、知恵と知識を私に下さい。そうすれば、私はこの民の前に出はいりいたします。さもなければ、だれに、この大いなる、あなたの民をさばくことができましょうか。」】

①ソロモンは、神様から「必要」を問いかけられた時、
「民を治めるための知恵を下さい」と祈りました。
それは「神様からの使命を果たす」ために必要だったからです。

彼は自分のことではなく、
「神様の働き」のことを考えていたのです。
その姿勢が主に評価され、
彼は求めた以上に、
その他の必要な富と財宝も与えられたのです。

「神の国とその義」とを第一に求める人は、
「その他必要なもの」も与えられるのです。

『主に従う道』
【ルカ12:51 あなたがたは、地に平和を与えるためにわたしが来たと思っているのですか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ、分裂です。12:52 今から、一家五人は、三人がふたりに、ふたりが三人に対抗して分かれるようになります。12:53 父は息子に、息子は父に対抗し、母は娘に、娘は母に対抗し、しゅうとめは嫁に、嫁はしゅうとめに対抗して分かれるようになります。」】

①イエス様のみ言葉が語られると、
み言葉に「応答する者」と「反発する者」に分かれてしまうのです。

すべての人が応答して、すべての人が祝福を受けるのは、
「理想」ですが、
現実的には「応答できない人」も明らかになってしまうと、
イエス様は語れたのです。

ですから「応答できない人」がいても、
それを見て「主に従うことを」やめてはいけないのです。

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