6月29日ネヘミヤ11-13章 ルカ24:13-35

『信仰者の決断』
【ネヘミヤ13:29 私の神。どうか彼らのことを思い出してください。彼らは祭司職を汚し、祭司やレビ人たちの契約を汚したからです。13:30 私はすべての異教的なものから彼らをきよめ、祭司とレビ人のそれぞれの務めの規程を定め、13:31 定まった時に行うたきぎのささげ物と、初物についての規程も定めた。私の神。どうか私を覚えて、いつくしんでください。】

①ネヘミヤは、不信仰や悪に対して、
純粋な怒りを感じ、対処をしました。
そして「神よ私を覚えていてください」と何度も祈ったのです。

ネヘミヤは人ではなく、
神様に喜ばれることを重視していたのです。

本当に神に仕えている者は、
間違ったことに対しては、
「はっきりとして態度」を取り、対処するのです。

知恵深く対処することは大事ですが、
それを言い訳にしてはいけません。
あいまいな態度を取り続けることは、
妥協となってしまうのです。

『共におられるイエス様』
【ルカ24:31 それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。24:32 そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」24:33 すぐさまふたりは立って、エルサレムに戻ってみると、十一使徒とその仲間が集まって、24:34 「ほんとうに主はよみがえって、シモンにお姿を現された」と言っていた。】

①エマオに向かった弟子たちは、
復活のイエス様を身近にしながら、
イエス様だと気がつきませんでした。
しかし心は「聖霊によって燃やされていた」のです。

私たちも、イエス様が働いているのに、
気がつかないことがあります。
しかしその中でも何らかのしるしが与えられ、
ある瞬間に私たちは「気がつく」のです。

イエス様は「世の終わりまで共に」いて下さいます。
「そのように感じられない」、と思う時もありますが、
「気がつかないまま」では終わらないのです。

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