7月3日ヨブ記1-2章 1テサロニケ4章

『ヨブの信仰』
【ヨブ2:7 サタンは【主】の前から出て行き、ヨブの足の裏から頭の頂まで、悪性の腫物で彼を打った。2:8 ヨブは土器のかけらを取って自分の身をかき、また灰の中にすわった。2:9 すると彼の妻が彼に言った。「それでもなお、あなたは自分の誠実を堅く保つのですか。神をのろって死になさい。」2:10 しかし、彼は彼女に言った。「あなたは愚かな女が言うようなことを言っている。私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか。」ヨブはこのようになっても、罪を犯すようなことを口にしなかった。】

①ここにヨブの凄まじいばかりの信仰が、描かれています。
「幸いを神から受けるのだから、災いも受けるべきである」
ヨブは、神様によって祝福されたことを知っていました。

その感謝があまりに大きいので、
家族が打たれ、自分自身も悪性の腫瘍で動けなくなり、
妻から酷い感情的な言葉を受けても、
ヨブの信仰は揺れなかったのです。

人間は、神様の恵みをしっかりと知ると、
このような信仰を持つことが出来るのです。
神様の恵みは、それほどまでも大きいのです。

『神様に喜んで頂く人生』
【Ⅰテサロニケ4:1 終わりに、兄弟たちよ。主イエスにあって、お願いし、また勧告します。あなたがたはどのように歩んで神を喜ばすべきかを私たちから学んだように、また、事実いまあなたがたが歩んでいるように、ますますそのように歩んでください。4:2 私たちが、主イエスによって、どんな命令をあなたがたに授けたかを、あなたがたは知っています。4:3 神のみこころは、あなたがたが聖くなることです。あなたがたが不品行を避け、4:4 各自わきまえて、自分のからだを、聖く、また尊く保ち、・・・】

①パウロは、「自分自身が」神様に喜んでもらうことを考えたように、
「人々にも」その様に生きることを願いました。
そしてそのことを勧めたのです。

「神様に喜んで頂くこと」を考え続けることは、
難しい時があります。
しかしそれを「いつも考え続ける時」に、
「人格の聖さ」を育てられるのです。
「時々」では、育つのに時間がかかるのです。

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