7月5日ヨブ6-8章 2テサロニケ1章

『ヨブのうめき』
【ヨブ6:9 私を砕き、御手を伸ばして私を絶つことが神のおぼしめしであるなら、6:10 私はなおも、それに慰めを得、容赦ない苦痛の中でも、こおどりして喜ぼう。私は聖なる方のことばを拒んだことがないからだ。6:11 私にどんな力があるからといって、私は待たなければならないのか。私にどんな終わりがあるからといって、私は耐え忍ばなければならないのか。6:12 私の力は石の力であろうか。私の肉は青銅であろうか。6:13 私のうちには、何の助けもないではないか。すぐれた知性も私から追い散らされているではないか。・・・】

①ヨブは、神様を信じており、
神様の憐みをも知っていました。

しかし友人エリファズが、
ヨブを罪人と責めた時、
彼は自分の苦しみによる、
「心の中の叫び」を切実に訴えたのです。

人間は、理性では分かっていても、
実際の苦しみの中では「叫び」ます。

その叫びを受け止めてくれる友人を持つ人は幸いですが、
もしそのような友人がいなくても、
主はヨブを助けたように、
あなたを助けて下さるお方なのです。

『信仰の成長は、愛の成長』
【Ⅱテサロニケ1:3 兄弟たち。あなたがたのことについて、私たちはいつも神に感謝しなければなりません。そうするのが当然なのです。なぜならあなたがたの信仰が目に見えて成長し、あなたがたすべての間で、ひとりひとりに相互の愛が増し加わっているからです。1:4 それゆえ私たちは、神の諸教会の間で、あなたがたがすべての迫害と患難とに耐えながらその従順と信仰とを保っていることを、誇りとしています。・・・
1:11 そのためにも、私たちはいつも、あなたがたのために祈っています。どうか、私たちの神が、あなたがたをお召しにふさわしい者にし、また御力によって、善を慕うあらゆる願いと信仰の働きとを全うしてくださいますように。】

①パウロは、テサロニケの人々が、
信仰の成長をしている姿を喜びました。
それは人々の「愛」が増し加わったことによって、
計ることができたのです。

信仰の成長は「愛の成長」です。
そしてパウロはそのことのために祈っていたのです。

愛の成長は「人間の頑張り」ではできません。
「神様」が、「私の心」に
「実際的に働いて下さること」によって、
実現するのです。

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