7月7日ヨブ12-14章 2テサロニケ3章

『主の答えを待つ信仰者の姿勢』
【ヨブ13:15 見よ。神が私を殺しても、私は神を待ち望み、なおも、私の道を神の前に主張しよう。13:16 神もまた、私の救いとなってくださる。神を敬わない者は、神の前に出ることができないからだ。】

①ヨブは神を信頼していました。
例え自分が神に殺されることがあっても、
それでも神を愛し、神の前に出ようとしたのです。

主への信頼がヨブの原動力でした。
人から誤解され、自分の祈りが主に届いていないように見えても、
それでも祈り続け、求め続けたのです。

ヨブの祈りの答えはすぐには与えられませんでしたが、
ヨブの態度に「主の答えを待つ」信仰者の姿勢が表れているのです。

『主の願いと自分の気持ち』
【Ⅱテサロニケ3:1 終わりに、兄弟たちよ。私たちのために祈ってください。主のみことばが、あなたがたのところでと同じように早く広まり、またあがめられますように。3:2 また、私たちが、ひねくれた悪人どもの手から救い出されますように。すべての人が信仰を持っているのではないからです。3:3 しかし、主は真実な方ですから、あなたがたを強くし、悪い者から守ってくださいます。】

①使徒パウロは、イエス様の十字架と復活の福音が、
多くの地域で伝わり、広がるようにと願い、
そのために祈ってほしいと訴えました。
宣教が主の願いです。

しかし宣教に意識がわかないとするならば、
そのことに気がついた時に祈る必要があります。
私たちは「かなり主の願いから外れて」います。
それは主の基準が分からないからです。

しかしそれでも愛して下さる主の愛を感じつつ、
「主の願い」と「自分の気持ち」を近づけていくのです。

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