11月25日哀歌3-5章 ヨハネ18:1-27

『主の憐みの深さ』
【哀歌3:22 私たちが滅びうせなかったのは、【主】の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。
3:27 人が、若い時に、くびきを負うのは良い。3:28 それを負わされたなら、ひとり黙ってすわっているがよい。3:29 口をちりにつけよ。もしや希望があるかもしれない。3:30 自分を打つ者に頬を与え、十分そしりを受けよ。3:31 主は、いつまでも見放してはおられない。3:32 たとい悩みを受けても、主は、その豊かな恵みによって、あわれんでくださる。3:33 主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。】①主の罪に対する怒りと裁きはありますが、それは短い時間です。主の憐みは、裁きの中にあっても豊かなのです。主の憐みにすがりましょう。主はあなたを助け出して下さるお方なのです。

『失敗では終わらない』
【ヨハネ18:25 一方、シモン・ペテロは立って、暖まっていた。すると、人々は彼に言った。「あなたもあの人の弟子ではないでしょうね。」ペテロは否定して、「そんな者ではない」と言った。18:26 大祭司のしもべのひとりで、ペテロに耳を切り落とされた人の親類に当たる者が言った。「私が見なかったとでもいうのですか。あなたは園であの人といっしょにいました。」18:27 それで、ペテロはもう一度否定した。するとすぐ鶏が鳴いた。】①イエス様が、ペテロに「あなたはわたしのことを三度知らないという」と言われた通り、ペテロは恐怖のために、その言葉を出してしまいました。しかし、ペテロは失敗で終わった訳ではないのです。その後イエス様の愛と憐れみの故に、ペテロは回復し、立派な働きをして生涯を終えたのです。私たちの罪や失敗を、イエス様の愛と力は、簡単に乗り越えさせて下さるのです。私たちが失敗しながらでも信頼し、最後までイエス様についていこうと願うならば、すべてが良い方向に向かうのです。

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