1月11日創世記27-28章 マタイ8:28-9:17

『蒔いた種の報いと父なる神の憐み』
【創 27:19 ヤコブは父に、「私は長男のエサウです。私はあなたが言われたとおりにしました。さあ、起きてすわり、私の獲物を召し上がってください。ご自身で私を祝福してくださるために」と答えた。】①ヤコブは、父イサクをだまし、兄エソウから家督相続の祝福を奪いました。神の計画は、ヤコブを祝福することでしたから、ヤコブは待っていたならば、自動的に祝福を頂くことができたはずなのです。しかし2度も嘘をついて、自分やり方で物事を進めようとしたのです。②この後のヤコブは、自分のした報いを受けました。何もかも置いて、故郷を離れたこと。自分がした不誠実のように、人から扱われたこと。他人の家でだまされながら、長年仕えなればならなくなったこと。彼は「私の人生は不幸せで(47:9)」と告白しなければならないほど、苦しみを体験したのです。・・・「悪の報い」は起こります。天の父なる神は、正しい方だからです。(しかしヤコブの人生から、神を信じ、救いを求める者には、憐みの中で助けられ続けるのも事実なのです)

『誇れるものが無い人の祝福』
【マタイ9:12 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
9:13 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」】①イエス様は、自分は「罪の人を招くために来た」と言われました。「自分は立派な者」だと誇っているパリサイ人たちではなく、「自分の罪を自覚し、救いを求めている」収税人のような人々のために来たと言われたのです。(収税人は当時、罪人として見下されていました)あなたには誇るものがありますか。誇るものが崩れ、自分を愚かと自覚する人は幸いです。その人に、イエス様は非常に近いのです。

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