1月15日創世記36-37章 マタイ11章

『不幸と思える中で、働かれる神様の業』
【創37:26 すると、ユダが兄弟たちに言った。「弟を殺し、その血を隠したとて、何の益になろう。37:27 さあ、ヨセフをイシュマエル人に売ろう。われわれが彼に手をかけてはならない。彼はわれわれの肉親の弟だから。」兄弟たちは彼の言うことを聞き入れた。
37:28 そのとき、ミデヤン人の商人が通りかかった。それで彼らはヨセフを穴から引き上げ、ヨセフを銀二十枚でイシュマエル人に売った。イシュマエル人はヨセフをエジプトへ連れて行った。・・・
37:36 あのミデヤン人はエジプトで、パロの廷臣、その侍従長ポティファルにヨセフを売った。】①ヤコブの最愛の子、ヨセフは兄弟たちから恨まれ、殺されそうになりました。しかし彼は殺されず、奴隷として売られることとなったのです。そしてその後、彼はエジプトでプテファルのもとに売られたのです。人間のいがみ合いで、不幸なことが起こったように見えますが、神様は、その中でも働かれて、最善のことが起きたのです。(このことを通じてヨセフは後にエジプトの総理大臣となりました)神様が働かれると、不幸と思える中でも、素晴らしいことを起きるのです。

『イエス様の招き』
【マタイ11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」】①イエス様は、「わたしはあなたを休ませます」と言って下さっています。しかし休んだ後、私たちがすることは「イエス様のくびきを負って」「イエス様から学ぶもこと」です。くびきとは牛の道具で、強い牛と弱い牛をつなぎとめるものです。くびきを負えば、弱い牛は、ほとんど力を入れなくても、強い牛のお陰で、前に進むことができるのです。ただ休むだけでは、次の重荷が来た時につぶれてしまいます。イエス様とくびきを負って一緒に歩むことが、イエス様が願っておられる、私たちの成長へとつながるのです。

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