1月30日出エジプト18-19章 マタイ21:1-32

『モーセの義父イテロの助言』
【出18:15 モーセはしゅうとに答えた。「民は、神のみこころを求めて、私のところに来るのです。
18:16 彼らに何か事件があると、私のところに来ます。私は双方の間をさばいて、神のおきてとおしえを知らせるのです。」18:17 するとモーセのしゅうとは言った。「あなたのしていることは良くありません。18:18 あなたも、あなたといっしょにいるこの民も、きっと疲れ果ててしまいます。・・・
18:21 あなたはまた、民全体の中から、神を恐れる、力のある人々、不正の利を憎む誠実な人々を見つけ出し、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民の上に立てなければなりません。18:22 いつもは彼らが民をさばくのです。大きい事件はすべてあなたのところに持って来、小さい事件はみな、彼らがさばかなければなりません。あなたの重荷を軽くしなさい。彼らはあなたとともに重荷をになうのです。】①イテロは、モーセが一人で民を裁いている様子を見て、良くないと言いました。リーダーが一人で責任を持っているならば、最後にはリーダーは倒れてしまいます。ですから神の知恵は、役割の分担なのです。千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長、その能力に合わせて、それぞれの役割を担うことが、神様の御心でもあったのです。

『二人の息子のたとえ』
【マタイ 21:28 ところで、あなたがたは、どう思いますか。ある人にふたりの息子がいた。その人は兄のところに来て、『きょう、ぶどう園に行って働いてくれ』と言った。21:29 兄は答えて『行きます。お父さん』と言ったが、行かなかった。21:30 それから、弟のところに来て、同じように言った。ところが、弟は答えて『行きたくありません』と言ったが、あとから悪かったと思って出かけて行った。21:31 ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」彼らは言った。「あとの者です。」イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。取税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国に入っているのです。21:32 というのは、あなたがたは、ヨハネが義の道を持って来たのに、彼を信じなかった。しかし、取税人や遊女たちは彼を信じたからです。しかもあなたがたは、それを見ながら、あとになって悔いることもせず、彼を信じなかったのです。」】①行きますと言って、行かなかった兄と、行きませんと言って後から考え直して行った弟は、「弟」のほうが父のことを考えていました。父なる神様にも「お気持ち」があります。父に喜んでいただく態度は大切です。最初は上手くいかなくても、最後に応えることができれば、大丈夫なのです。

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