5月21日Ⅱ列王6-7章 ルカ5:1-16

『信仰で問題を見る』
【Ⅱ列王6:15 神の人の召使いが、朝早く起きて、外に出ると、なんと、馬と戦車の軍隊がその町を包囲していた。若い者がエリシャに、「ああ、ご主人さま。どうしたらよいのでしょう」と言った。6:16 すると彼は、「恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから」と言った。6:17 そして、エリシャは祈って【主】に願った。「どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにしてください。」【主】がその若い者の目を開かれたので、彼が見ると、なんと、火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていた。】①アラムの王は、エリシャを捕えるために、ドタンの街を包囲しました。エリシャのしもべたちは恐怖におののきましたが、エリシャは「私たちのほうが多い」と言い、神様が準備している馬と戦車を見せたのです。私たちが「ダメだ」と考えても、神様の計画はそうではありません。私たちの、目が開かれる時、現実の問題よりも「はるかに大きな神様の準備」を知ることができるのです。「信仰」で「現実を見る力」が必要です。自分の判断を最終判断としてはいけないのです。

『イエス様の言葉に応答する』
【ルカ5:4 話が終わると、シモンに、「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」と言われた。5:5 するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」5:6 そして、そのとおりにすると、たくさんの魚が入り、網は破れそうになった。】①ペテロはプロの漁師でした。その漁師が一晩漁をして一匹も魚が取れなかったのです。ペテロはイエス様の言葉を「そんなことを言っても・・・」と無視することもできたのです。しかしペテロは「イエス様のお言葉」ですから、と言って従いました。その結果、多くの魚が獲れたのです。自分の経験や知恵で理解できない解決が「信仰の世界(霊の世界)」で起こります。「イエス様の言葉」に「応答」する時に、神の業が起きるのです。

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