1月26日出エジプト10-12章 マタイ18:15-35

『過越しの意味』
【出12:3 イスラエルの全会衆に告げて言え。この月の十日に、おのおのその父祖の家ごとに、羊一頭を、すなわち、家族ごとに羊一頭を用意しなさい。
12:7 その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱と、かもいに、それをつける。
12:12 その夜、わたしはエジプトの地を巡り、人をはじめ、家畜に至るまで、エジプトの地のすべての初子を打ち、また、エジプトのすべての神々にさばきを下そう。わたしは【主】である。12:13 あなたがたのいる家々の血は、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう。わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたには滅びのわざわいは起こらない。】①主はエジプト脱出に際して、「過越しの祭」をするように命じました。これは、民にその恵みの素晴らしさを忘れさせないためでした。またこれはイエス様を信じることにより、「裁き」から「過ぎこされる」救いの象徴でもあります。イエス様を信じる者は、罪が赦され、地獄の裁きにあうことがありません。これは信じられない恵みです。罪を自覚する者は、この恵みの大きさを知るのです。しかし罪が分からない人は、キリストの恵みを理解することができないのです。

『赦すこと』
【マタイ18:23 このことから、天の御国は、地上の王にたとえることができます。王はそのしもべたちと清算をしたいと思った。18:24 清算が始まると、まず一万タラントの借りのあるしもべが、王のところに連れて来られた。
18:27 しもべの主人は、かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。18:28 ところが、そのしもべは、出て行くと、同じしもべ仲間で、彼から百デナリの借りのある者に出会った。彼はその人をつかまえ、首を絞めて、『借金を返せ』と言った。
18:30 しかし彼は承知せず、連れて行って、借金を返すまで牢に投げ入れた。
18:32 そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。18:33 私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。』】①赦すことは、難しいことです。それは理屈で分かっていても、感情が同意できないからです。しかし私たちの罪が、一方的に「十字架で帳消し」になっていることを、「心で受け止める時」、その信仰によって少しずつでも、実行できるようになるのです。

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