6月6日1歴代20-22章 ルカ11:37-54

『与えられた自分の使命を行う』

【Ⅰ歴代22:7 ダビデはソロモンに言った。「わが子よ。私は、わが神、【主】の御名のために宮を建てようとする志を持ち続けてきた。22:8 ある時、私に次のような【主】のことばがあった。『あなたは多くの血を流し、大きな戦いをしてきた。あなたはわたしの名のために家を建ててはならない。あなたは、わたしの前に多くの血を地に流してきたからである。22:9 見よ。あなたにひとりの子が生まれる。彼は穏やかな人になり、わたしは、彼に安息を与えて、回りのすべての敵に煩わされないようにする。彼の名がソロモンと呼ばれるのはそのためである。彼の世に、わたしはイスラエルに平和と平穏を与えよう。22:10 彼がわたしの名のために家を建てる。彼はわたしにとって子となり、わたしは彼にとって父となる。わたしはイスラエルの上に彼の王座をとこしえまでも堅く立てる。』」】①ダビデ王は、主を心から愛していたので、主の宮を建てたいと考えました。しかし主はその使命を、息子ソロモンに託していたのです。ダビデはそれを聞くと、「自分にできること」をしました。「資材」を蓄え、「職人たち」を準備したのです。ダビデは「自分のやり方」で主に仕えたのではありません。「自分の思い通り」でなくても、「神様の願い」ならば、最善と考えて行動したのです。ダビデのような態度が、理想的な「主に仕える姿勢」なのです。

『内側を聖める』

【ルカ11:39 すると、主は言われた。「なるほど、あなたがたパリサイ人は、杯や大皿の外側はきよめるが、その内側は、強奪と邪悪とでいっぱいです。11:40 愚かな人たち。外側を造られた方は、内側も造られたのではありませんか。11:41 とにかく、うちのものを施しに用いなさい。そうすれば、いっさいが、あなたがたにとってきよいものとなります。」】①イエス様は、パリサイ人たちの「目に見えるところだけ」をきれいに取り繕って「目に見えない部分(心)」には何の配慮もしない姿勢を問題にしました。イエス様は「内側を聖めること」を重視されているのです。私たちはどうでしょうか。私たちの「こころ」をイエス様がすべて見ておられることを知る時に、どう対応しますか。私たちのできることは、気が付くたびに「悔い改める」だけです。その悔い改めを単純にし続ける中で、あなたの心は「聖められる」のです。

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