6月10日 Ⅱ歴代5-7章 ルカ13:1-21

『回復の道』

【Ⅱ歴代7:12 その夜、【主】はソロモンに現れ、彼に言われた。「わたしはあなたの祈りを聞き、この場所をわたしにいけにえを献げる宮として選んだ。7:13 わたしが天を閉ざして雨が降らなくなったり、あるいはわたしがバッタに命じてこの地を食い尽くさせたりして、わたしがわたしの民に対して疫病を送ったときには、7:14 わたしの名で呼ばれているわたしの民が、自らへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求めてその悪の道から立ち返るなら、わたしは親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒やす。」】①神殿が完成した時、ソロモンは主を賛美し、祈りを捧げました。その祈りを主は聞いておられ、答えられたのです。主は、「民がへりくだって、悪から立ち返るなら」、罪の赦しと共に、地を癒される、と約束されました。この「主の約束」は今も有効です。私たちが罪によって、どれほど汚れてしまっても、「真に罪を悔い改める」ならば、主はそこから「私たちを導かれる」のです。自分たちで「もうダメだ」と決めつけるのは止めましょう。主は、今ここからでも「回復の道」を準備しておられるのです。

『主は、わたしたちの応答を、待っておられる』 

【ルカ13:6 イエスはこのようなたとえを話された。「ある人が、ぶどう園にいちじくの木を植えておいた。そして、実を探しに来たが、見つからなかった。13:7 そこで、ぶどう園の番人に言った。『見なさい。三年間、このいちじくの木に実を探しに来ているが、見つからない。だから、切り倒してしまいなさい。何のために土地まで無駄にしているのか。』13:8 番人は答えた。『ご主人様、どうか、今年もう一年そのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥料をやってみます。13:9 それで来年、実を結べばよいでしょう。それでもだめなら、切り倒してください。』」】①イエス様は、いちじくの木のたとえを通じて、人間への期待を明らかにされました。イエス様はわたしたちに期待をしています。そして待っておられるのです。なぜなら、応答は無理やりではなく、人間側に自由意思でなされるものだからです。イエス様は「無理矢理に引っ張ったり」はされません。ただ、じっと私たちを、見ておられ、私たちが主を頼り、主を愛し、へりくだって主に助けを求めることを「待ち続けて」下さっているのです。

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