1月16日創世記38-39章 マタイ12:1-21

『生活に直結する信仰』
【創39:1 ヨセフがエジプトへ連れて行かれたとき、パロの廷臣で侍従長のポティファルというひとりのエジプト人が、ヨセフをそこに連れて下って来たイシュマエル人の手からヨセフを買い取った。39:2 【主】がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。39:3 彼の主人は、【主】が彼とともにおられ、【主】が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。39:4 それでヨセフは主人にことのほか愛され、主人は彼を側近の者とし、その家を管理させ、彼の全財産をヨセフの手にゆだねた。】①ヨセフは奴隷として、エジプトに売られましたが、主はヨセフを守り、祝福し続けられたのです。それを見た主人は、自分の家の管理を全て任せました。天の神様を信じる者は、主の祝福を受けます。それは身近な者にも分かるほどなのです。現状が嘆きたくなるような時でも、主を信じ、前を見ましょう。その信仰が「生活の守り」に直結するのです。

『本質を見ておられるイエス様』
【マタイ12:11 イエスは彼らに言われた。「あなたがたのうち、だれかが一匹の羊を持っていて、もしその羊が安息日に穴に落ちたら、それを引き上げてやらないでしょうか。12:12 人間は羊より、はるかに値うちのあるものでしょう。それなら、安息日に良いことをすることは、正しいのです。」12:13 それから、イエスはその人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。彼が手を伸ばすと、手は直って、もう一方の手と同じようになった。】①イエス様は、安息日に病気を癒すことを批判しようとしていた「高慢な人々」に対して、「安息日に良いことをするのは正しい」と論破しました。イエス様は、「物事の本質」をいつも語られます。高慢、人への見下し、ごまかし・・・それらは普通隠れています。しかしイエス様が語られると「人々の本音」が明らかになるのです。私たちができることはイエス様に「誠実にお仕えすること」だけなのです。神への小手先のごまかしは通用しないのです。

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