『ごまかしの罪の危険』
【Ⅰサムエル15:13 サムエルがサウルのところに行くと、サウルは彼に言った。「【主】の祝福がありますように。私は【主】のことばを守りました。」15:14 しかしサムエルは言った。「では、私の耳に入るあの羊の声、私に聞こえる牛の声は、いったい何ですか。」15:15 サウルは答えた。「アマレク人のところから連れて来ました。民は羊と牛の最も良いものを惜しんだのです。あなたの神、【主】に、いけにえをささげるためです。そのほかの物は聖絶しました。」
15:22 するとサムエルは言った。「主は【主】の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。15:23 まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが【主】のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。」】①サウル王は、主から言われたことを、自分に都合よくごまかしました。これは無意識で言ったことかもしれませんが、しかし嘘は嘘です。私たちは自分の「肉のごまかし」を当然と思い込んでいることがあります。主に祈りましょう。気がついていない罪があるかを、主に問いかけましょう。「ごまかし」は罪です。気がつかなくても罪は罪です。サウルはこの罪によって、祝福を決定的に無くしたのです。
『主の計画のすばらしさ』
【マルコ12:10 あなたがたは、次の聖書のことばを読んだことがないのですか。『家を建てる者たちの見捨てた石、それが礎の石になった。12:11 これは主のなさったことだ。私たちの目には、不思議なことである。』】①イエス様は、見捨てられたように見えましたが、(十字架で命を捨てられましたが)、しかし救いの命、神の民の土台となられたのです。(復活されました)主の計画は、人の目には分からず、隠されていることがあります。しかし時間差はあっても、その素晴らしさは必ず明らかになるのです。