『主に渇いた、たましい』詩編60-63章
【詩63 ダビデの賛歌。彼がユダの荒野にいたときに
63:1 神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。
63:6 ああ、私は床の上であなたを思い出し、夜ふけて私はあなたを思います。63:7 あなたは私の助けでした。御翼の陰で、私は喜び歌います。63:8 私のたましいは、あなたにすがり、あなたの右の手は、私をささえてくださいます。】①荒野は苦しみの場所です。しかし荒野でこそ、主を求め、お会いできる場なのです。荒野でダビデは、慕って気を失うばかりに主を求めました。主との深い関係は、「苦しみの時」にでき上ったのです。荒野は「恵みの時」です。地上での荒野は「神様からの祝福」なのです。(天国に到着したら、荒野体験は二度とできません)
『私たちの戦いの武器』2コリント10章
【Ⅱコリント10:3 私たちは肉にあって歩んではいても、肉に従って戦ってはいません。10:4 私たちの戦いの武器は、肉の物ではなく、神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるものです。10:5 私たちは、さまざまの思弁と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち砕き、すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ、10:6 また、あなたがたの従順が完全になるとき、あらゆる不従順を罰する用意ができているのです。】①霊的バトルの戦場は、キリスト者の「心の中」です。心の中で勝利をすることができれば、実際生活でも勝利ができるのです。そのための武器は「神様の御言葉」です。それだけが武器であり、それが無ければ悪に勝てません。「歪んだ自己愛」(肉や不従順)は危険です。自分の弱さを自覚し「キリスト」に助けを求める時、勝利が与えられるのです。
