『不信仰の中から助けてくださる主』
【創18:12 それでサラは心の中で笑ってこう言った。「老いぼれてしまったこの私に、何の楽しみがあろう。それに主人も年寄りで。」18:13 そこで、【主】がアブラハムに仰せられた。「サラはなぜ『私はほんとうに子を産めるだろうか。こんなに年をとっているのに』と言って笑うのか。18:14 【主】に不可能なことがあろうか。わたしは来年の今ごろ、定めた時に、あなたのところに戻って来る。そのとき、サラには男の子ができている。」】①神様の約束があったにもかかわらず、サラも「子供」が与えられるという言葉を信じることができませんでした。そして笑ってしまったのです。私たちも、神様の約束を考えるときに、笑ってしまうようなことがあるかもしれません。しかし主は、信仰を増し加えてくださいます。・・・そして主の計画は、実現するのです。
『認められたいという、誘惑』
【マタイ6:1 人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。
6:3 あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。6:4 あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。】①「人に認められたい」という強烈な動機を持つ人は、人から認めてもらうために自己主張をし、自慢し、欲望を満たすために、行動します。しかし「神様に認められている」ことを知っている人は、穏やかに愛の行為をするのです。力が入りすぎている人は、自分の本音をよく「思い起こすこと」が大切です。人に「認められたい」と願いながら「謙遜のふり」をすることは、神の前で非常に悲しいことなのです。
