1月10日創世記25-26章 マタイ8:1-27

『祝福の約束と信仰の応答』
【創26:2 【主】はイサクに現れて仰せられた。「エジプトへは下るな。わたしがあなたに示す地に住みなさい。26:3 あなたはこの地に、滞在しなさい。わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福しよう。それはわたしが、これらの国々をすべて、あなたとあなたの子孫に与えるからだ。こうしてわたしは、あなたの父アブラハムに誓った誓いを果たすのだ。」】①創造主は、父アブラハムの信仰の応答によって、息子イサクを祝福すると約束されました。そして、主は約束を守られるのです。しかし大事なことがあります。それは「それぞれが主の命令に従う」ことです。信仰の応答(責任)は、親の世代も子供の世代も、「自分の責任」として実行しなければならないのです。

『イエス様の言葉の権威を信じる』
【マタイ 8:5 イエスがカペナウムに入られると、ひとりの百人隊長がみもとに来て、懇願して、
8:6 言った。「主よ。私のしもべが中風で、家に寝ていて、ひどく苦しんでいます。」8:7 イエスは彼に言われた。「行って、直してあげよう。」8:8 しかし、百人隊長は答えて言った。「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは直ります。】①この百人隊長は、「イエス様の言葉」には権威があると信じていました。そして言葉を頂けば、「しもべは治る」と信じたのです。イエス様のお言葉には、確かに「権威」があります。それを信じる者は、その信仰によって「主の奇跡」を経験するのです。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

search previous next tag category expand menu location phone mail time cart zoom edit close