『神様の計画ならば、道は開かれる』
【出6:8 わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに与えると誓ったその地に、あなたがたを連れて行き、それをあなたがたの所有として与える。わたしは【主】である。」6:9 モーセはこのようにイスラエル人に話したが、彼らは落胆と激しい労役のためモーセに聞こうとはしなかった。】①モーセは、主から「出エジプトの使命」を与えられました。しかし民は失望のために、反発をしたのです。モーセ自身も、その状況を見て、神様に訴えました。・・・神様の計画が進んでいても、現実には後退しているように見える時があります。その時に大切なものは「信仰による祈り」です。否定的な時こそ「神様から語られる言葉」によって進んで行く時に、奇跡と解決を見ることができるのです。
『イエス様についていくとは』
【マタイ16:22 するとペテロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」16:23 しかし、イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」16:24 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」】①イエス様は、「わたしについてきたいと思うものは・・・」と言われ、弟子としての「心構え」を語りました。あなたにとって「自分を捨てる」とはどういうことですか。また「自分の十字架を負って」とはどういうことでしょうか。その答えが「ついていく」ことなのです。一人一人の道は違います。しかし各々が「イエス様についていく」のです。
