4月7日士師記3-4章 マルコ4:21-41

『憐れみ深い神様』
【士師記3:7 こうして、イスラエル人は、【主】の目の前に悪を行い、彼らの神、【主】を忘れて、バアルやアシェラに仕えた。3:8 それで、【主】の怒りがイスラエルに向かって燃え上がり、主は彼らをアラム・ナハライムの王クシャン・リシュアタイムの手に売り渡された。こうして、イスラエル人は、八年の間、クシャン・リシュアタイムに仕えた。3:9 イスラエル人が【主】に叫び求めたとき、【主】はイスラエル人のために、彼らを救うひとりの救助者、カレブの弟ケナズの子オテニエルを起こされた。】①民が主に反逆しても、助けを求めると、主は何度も彼らを助けられました。私たちの主は、とても「憐れみ深い神」なのです。私たちは、「自分に正直」になって、自分の罪や足りなさを告白しましょう。主はその祈りを聞かれ、失敗したとしても「最善の助け」を与えてくださるのです。

『信仰の訓練されるイエス様』
【マルコ4:35 さて、その日のこと、夕方になって、イエスは弟子たちに、「さあ、向こう岸へ渡ろう」と言われた。 4:36 そこで弟子たちは、群衆をあとに残し、舟に乗っておられるままで、イエスをお連れした。他の舟もイエスについて行った。4:37 すると、激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水でいっぱいになった。4:38 ところがイエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして言った。「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」4:39 イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風はやみ、大なぎになった。4:40 イエスは彼らに言われた。「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです。」】①イエス様は弟子たちの信仰を訓練しました。問題の中でどのように信じるかは、理屈ではありません。怖い時には怖いのです。しかし怖さ以上の「イエス様への信頼」がこの時、問われたのです。問題が起きた時、「主に呼び求め」ましょう。その時助けられた「信頼」が、「信仰の礎」になるのです。

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