『回復の道』
【Ⅱ歴代7:12 その夜、【主】はソロモンに現れ、彼に言われた。「わたしはあなたの祈りを聞き、この場所をわたしにいけにえを献げる宮として選んだ。7:13 わたしが天を閉ざして雨が降らなくなったり、あるいはわたしがバッタに命じてこの地を食い尽くさせたりして、わたしがわたしの民に対して疫病を送ったときには、7:14 わたしの名で呼ばれているわたしの民が、自らへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求めてその悪の道から立ち返るなら、わたしは親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒やす。」】①神殿が完成した時、ソロモンは主を賛美し、祈りを捧げました。その祈りを主は聞いておられ、ソロモンに答えられたのです。私たちが罪によって、どれほど汚れてしまったとしても、「罪を悔い改める」ならば、主は私たちを「癒される」のです。自分たちで「もうダメだ」と決めつけてはいけないのです。
『主は、わたしたちの応答を、待っておられる』
【ルカ13:6 イエスはこのようなたとえを話された。「ある人が、ぶどう園にいちじくの木を植えておいた。そして、実を探しに来たが、見つからなかった。13:7 そこで、ぶどう園の番人に言った。『見なさい。三年間、このいちじくの木に実を探しに来ているが、見つからない。だから、切り倒してしまいなさい。何のために土地まで無駄にしているのか。』13:8 番人は答えた。『ご主人様、どうか、今年もう一年そのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥料をやってみます。』」】①イエス様は、いちじくの木のたとえを通じて、人間への期待を明らかにされました。人間の応答は、自由意思によるものです。ですからイエス様は、ただ私たちの応答を・・・私たちが主に頼り、主を愛し、へりくだって助けを求めることを「待ち続けて」おられるのです。
