『正しさと苦しみとを主に訴える』
【ヨブ10:14 もし、私が罪を犯すと、あなたは私を待ちもうけておられ、私の咎を見のがされません。10:15 もし、私が罪ある者とされるのなら、ああ、悲しいことです。私は、正しくても、私の頭をもたげることはできません。自分の恥に飽き飽きし、私の悩みを見ていますから。】①ヨブは、自分が精一杯、主を信頼し、主に仕えてきました。だからこそ、今起きている災難の理由が分からず、苦しんでいました。自分は正しいつもりでも、主に罪を見つけられたら、主は自分を打たれるのだと、彼は思ったのです。苦しみも悲しみも、そのまま主に訴え、叫ぶことは大切です。その時は答えがないように見えても、主は最後には語ってくださるからです。(ヨブの後の祝福を考えましょう)
『再臨への備え』
【Ⅱテサロニケ2:1 さて兄弟たちよ。私たちの主イエス・キリストが再び来られることと、私たちが主のみもとに集められることに関して、あなたがたにお願いすることがあります。2:2 霊によってでも、あるいはことばによってでも、あるいは私たちから出たかのような手紙によってでも、主の日がすでに来たかのように言われるのを聞いて、すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください。・・・】①今は、まだ再臨は来ていませんが、必ずやってきます。それまでは、私たちは使徒パウロが言うように『再臨に備えて』生きることが大切なのです。焦らず、今の時を正しく認識しましょう。聖霊に助けられ、良い業を日々励みましょう。今日一日、今の一瞬一瞬を、聖霊様と共に生きることが、再臨の備えなのです。
