『神を感じない時の祈り』
【ヨブ23:1 ヨブは答えて言った。23:2 きょうもまた、私はそむく心でうめき、私の手は自分の嘆きのために重い。23:3 ああ、できれば、どこで神に会えるかを知り、その御座にまで行きたい。23:4 私は御前に訴えを並べたて、ことばの限り討論したい。・・・
23:8 ああ、私が前へ進んでも、神はおられず、うしろに行っても、神を認めることができない。】①ヨブは、自分が置かれた悲惨な状況を、神様に祈り、訴えてきました。しかし全く神を感じることが出来なかったのです。ヨブほどの信仰者でも、神を感じない時があるのです。しかし「感じない」から「神がおられない」のではありません。それでも信じて祈り続ける者は、最後には「隠れていた神が突然現れるように」、交わりが回復するのです。(38章以降)そのことを信じて、祈り続ける者は幸いなのです。
『天国の価値観』
【Ⅰコリント3:12 もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、3:13 各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。】①パウロは、「キリストの土台」の上に、「様々な建物」を建てると書き記しました。これは私たちの「地上で成し遂げるもの」のことを現わしています。建物には「神に喜ばれるもの(金銀宝石)」もありますが、「神から見て価値のないもの(木草わら)」もあるのです。あなたは「神様が喜ぶこと」を意識していますか・・・それを意識する時に、地上での人生にあって「満足する」選択ができるのです。
