『聖いお方』
【エゼキエル44:4 彼は私を、北の門を通って神殿の前に連れて行った。私が見ると、なんと、【主】の栄光が【主】の神殿に満ちていた。そこで、私はひれ伏した。44:5 すると【主】は私に仰せられた、、、、、、「44:6 あなたは、反逆の家、イスラエルの家にこう言え。神である主はこう仰せられる。イスラエルの家よ。あなたがたのあらゆる忌みきらうべきわざは、もうたくさんだ。・・・」】①エゼキエルは、神殿の北門で、再び主の栄光を体験し、その「聖さ」のためにひれ伏しました。主はすべての罪と背きを見ておられます。私たちは主が「聖いお方」であるように、「聖さ」を求めるべきなのです。
『天国での平安』
【黙7:14すると、彼は私にこう言った。「彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。7:15 だから彼らは神の御座の前にいて、聖所で昼も夜も、神に仕えているのです。そして、御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られるのです。7:16 彼らはもはや、飢えることもなく、渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も彼らを打つことはありません。7:17 なぜなら、御座の正面におられる小羊が、彼らの牧者となり、いのちの水の泉に導いてくださるからです。また、神は彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださるのです。」】①患難を乗り越え、イエス様を信じ続けた人々の「恵み」がここに書かれています。私たちは、天国に行った後、このような「涙も悲しみもない」慰めの世界に入るのです。
